36
 日本には、周期的に「お笑いブーム」が発生するようだ。僕が高校生だったこのころにも、お笑いブーム的なものが発生していて、放送日の翌日にはクラス中で話題になるコント番組がいくつかあった。繰り返すけど、このころ日本は空前の好景気だったので、頭角を現してきた芸人にはテレビ局は大金をつぎ込んだコントをやらせて視聴率を取りまくっていた。だけど、このころ人気を得ていた芸人は、案外その後に続くものを残せなかったように思う。
 後の時代に続いたという意味では、僕が小学生の頃に発生したお笑いブームでスターになった人たちの方が影響力があったと思う。そのころに人気を得た番組では、基本的に人気者はひとりで笑いを取った。最近では一般人も使うようになった言葉だが「ピン芸人」だとか、いてもせいぜい2~3人という小所帯のお笑いブームの元になったと言えると思う。だから、一番最近のブームの中では「志したきっかけ」として名前を挙げる人たちが結構いる。
 回りくどくなったが、そういう経緯で人気者になった人が言っていたことだ。自分が実際に高校生でファンとしてそういう番組を見ていて面白いと思った自分は、面白いというのはそういう人がやっていることをやることだと思い込んでいて、文化祭でそっくりそのまま真似をして盛大に滑ったりしたんだそうだ。
 この人が言うこと、僕にはすごくわかる。というのも、ジャンルこそ違えど僕は同じことを同じぐらいの歳のときにして見事に失敗しているからだ。僕はこのころ、何の頼りもないままに原稿用紙を買い、自分では小説を書いているつもりのことをやってそれを文学賞に送ったりしていた。
 文学賞を募集している情報はせいぜい新聞や雑誌からしか得ることができず、だから手当たり次第に送るしかなかった。時期が重なっていてどっちかしか応募できないというような賞がふたつあったとしたら、僕は迷わず賞金が高い方を選んでいた。小説の書き方なんて全く知らなかったし、とりあえず思うことを書いてどうにかこうにか規定の枚数に乗せたら送っていた。このことを思い返すといまでも恥ずかしさのあまり奇声を上げそうになる。
 僕にとって「面白い小説」というのはすなわち「筒香さん作品のような小説」のことだった。中でも、初期のスラップスティックに傾倒していたのだったらまだ救われたと思う。けど、このとき僕の中で一番熱かったのはスラップスティック時代後の実験的小説だったから、僕はスタンダードな小説ではない怪体な文章ばかり書いていた。小説のなんたるかをわかってる人がそれを崩すから面白いのであって、のっけから基本を踏まえずに書いたら単なる怪文書だ。
だけどそのときには全くそんなことを考えもしなかった。
 とは言え、クラスの中では「文章のエキスパート」という座はやっぱり僕にあったと言っていい。やたらに図書館通いをはじめたのはティムに出会ってイギリス関係の本を手当たり次第に読み始めたときだったと思うが、筒香さんに出会ってから読む本の範囲が飛躍的に広がった。読書というのには「慣れ」の要素もかなり大きいんだなと思うが、筒香さんの長編スラップスティックを大笑いして楽しく読んだという経験は、長編小説を読む覚悟を決める、ということのハードルを下げてくれた。外国の小説も読むようになった。
 ほとんどの授業を寝てるか本読んでるかで過ごしている僕が現代国語に抜群に強いという事実はクラスメイトの関心を引いた。僕が思うに、国語力っていうのは7割ぐらいは生まれ持ったセンスと5歳ぐらいまでの読書習慣で決まってしまう気がする。それ以降の読書歴と、あとは「解くテクニック」でなんとかなるのがだいたい3割。よくある「何文字以内で記述しなさい」という問題で、自分が書きたい解答において最後の「。」が入りきらないのは、解答として危険だと思う。と言うのも「これじゃ文章が終わってないよね」という難癖をつけようと思えばつけられるから。だから、その分の1マスをひねり出すテクニックは、僕は訊かれれば教えることができる。だけど、それはたとえて言うなら土俵際に追い込まれてから体をかわして勝ち星を拾うテクニックみたいなものであって、それだけ覚えてどうにかなるものではない。
 そして僕はと言えば、相も変わらずミスター努力知らずであり、わかろうという気すらないのは何人かの教師にとっては腹の立つことであったらしい。いくらかは僕も反省しているが、だからと言ってわからないからできないでいるのに、罵声を浴びせたり暴力を振るったりするのはどうなのだろうか。一番ひどかったのは数学の教師なのだが、このときの教師のおかげで僕にはすっかり「数学アレルギー」が発生してしまった。
 家庭においても僕はテスト前日でも勉強なんてほとんどしなかったし、そういうところを見咎めて母から説教を食らったりもした。だけど僕は思う。親が自身できないことを子供にやれというのは過大な期待というものではないか?自分はできないからこそ子供にはいい教育を与えたい、というのが親の願いだというのなら、親がするべきなのはやれやれと勉強を押しつけることではなくて「私の代わりにいい大学に行っていい就職をするという夢を叶えてくれ」と子供に対して「お願い」することではないかと思う。それでもやるか否かは子供の決めることだ。親が強権振るってやれやれと押しつけるのは子供を勉強嫌いにする効果しかないだろう。偏差値による合格可能性というものが、何段階かで目安を表示するものでしかないということすら知らない親は僕が勉強しないことについて何も言う資格はないはずだ。
 そんな感じで、下らない日々を送りながらも、僕らはみんな近々受けなければいけない「大学入試」という通過儀礼についてそれぞれに考えを具体的にしていた。既にもう数年前から大学入試は完全に買い手市場であり、大学側は「我が校を受験させてやる」とでも言いたげな態度で、高校生に対して凄まじく横柄だった。理由はどうあれ、それは僕たちが選んだ道だった。言ってみれば、この僕らの世代こそが「勉強という苦行により耐えた者が受験を制す、受験を制した者人生を制す」という価値観が残っていた最後の世代だ。団塊ジュニアでとにかく18歳人口が多く、大学入試競争がとんでもなく熾烈になるという事実によってこの価値観が最後のひと燃えをした世代だろう。僕たちは徐々に息苦しさを感じ始めていた。