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 道路拡幅と、道路の新設、そして高校がゴネてた件だ。
 市単独での解決が難しいと判断もされたし、高校に土地を譲るように求めていた方はそもそも県道の拡幅という事情もあり、県が音頭を取る形で道路問題だけではなく幅広い視点からの都市計画ということで話がまとまった。まずは県道を広げるために問題の高校が敷地を提供する。学校としては狭すぎることになってしまうので、ネリーの森の中に新設させる道路沿いに市が敷地を提供し高校が移転、さらに駅からその高校までの専用バス路線も新設する。僕がバイトをしている運動公園を拡大するような形で「ふれあいの丘」という名前の公園も作る。新設の道路を挟んで、そのふれあいの丘の向かい側にあたるようなところに県立の植物園が作られる。さらに道周辺にはデベロッパーを入れて新興住宅地を広々と造成する。
 ……最悪だ。悪くても森中心に見て3方向に道路ができるだけだと思ってたのに、これではネリーの森が丸々なくなってしまう。目指してる大学近辺も緑が豊富とまでは言えなかったが、僕が合格してここからネリーを逃がすしか、ネリーの生きる道はない。僕は初めてと言っていいぐらい、受験勉強に必死になった。
 だけど一方で、親が受験費用も入学費も引っ越し費用も出してくれないのはどう考えても明白だった。だから僕は、秋が来て、冬が来ても警備員のバイトを続けていた。
 さすがに、年末年始の数日間は運動公園も営業中止だ。
 年越しの夜……と言うか、元日の早朝。案の定酒に潰れて寝てしまった父と、書ききれていない年賀状書きを眠気をこらえながらやっていた母がともに眠りに入ったころ。僕はネリーと一緒に庭に出てみた。ネリーと一緒にこの日この時間この庭にこうやって立つのは、何回目になるのかな。言ってみれば、年の初めに僕が僕であることを確認する儀式。
 星を見上げた。光っている。僕にはもう、あれが僕からどれぐらい離れているのかわからなくなっていた。
「ネリー……」
 僕は何を言いたかったんだろう?何か言いたいことがあったはずなのに、ネリーと呼んだらわからなくなってしまった。
 このとき僕の鳩尾あたりまでの身長だったネリーが、僕の腰にしがみついてきた。このとき、ネリーも何を考えたんだろう?いろいろと考えを巡らしても、ネリーの考えはおろか自分が何を考えているのかすらわからない。
 僕は星を見るのをやめ、自分の手を見た。難しいこと、わからないことを考えてもしょうがない。僕はいま、3度目の入試に向かって全力を出すしかない。
 シフトの境である1月の10日、僕は警備員バイトを辞めた。あとはただ受験勉強だ。
 数日後の成人の日。僕の成人式でもある。だけど、市が主催する成人式に出席したところで、会うことになるのはもう2度と会いたくないあの中学の連中ぐらいなものだ。だから僕は成人式にも行かなかったし、羽織袴で記念写真を撮ることもしなかった。
 家の1階では、父と母が何か会話しているっぽかった。不穏な空気だ。おおかた、ズルズルズルズルと酒を飲んでいる父に対して母が何か愚痴を言ったというようなところだろう。言い争いになっているようだ。だんだん、母の口調がヒートアップしてきた。
「おい、いい加減にしろ。今日はあいつの成人式なんだぞ」
「成人式やからどやっちゅうねん!それ言い訳にいつもより飲みたいだけやろ!成人式やって言いたいならあの子に父親らしいことのひとつもしてやれ!!馬鹿ぁーーー!!!」
 考えてみれば、僕の10代はいつもあの母の金切り声とともにあったっけ。僕の成人式を祝いたいんじゃなくて、成人式をちゃんとやるちゃんとした親、という評価を兄弟姉妹から受けたいだけだろ?「ドンを突かれる」ことがないようにさ。僕が成人式なんて祝いたくもないなんてこと眼中にないんだ。なんて僕の10代の終わりらしいイベントだろう。
 やっぱり、あの大学に受かるしかない。