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この大学のこの学部は、1、2年生が基礎で一方的な講義、それ以降がゼミとして議論みたいなきっぱりした分け方はしていない。だんだんゼミの比重が大きくなっていくとは言え、1年生からある程度の少数による議論形式の授業がある。また、語学に関しても第一外国語である英語と、希望により選んだ第二外国語、それぞれにクラスがある。第二外国語は、希望者が集まるというのはまぁわかる。英語に関してはどうやってクラス分けが行われたのかわからない。議論形式の授業に至っては基準はさっぱりだ。
とりあえず、間違いなく言えるのは第一第二の両外国語と議論形式の授業、この3科目によりそれぞれにクラス的なものが存在する。それぞれで顔見知りができて、大教室での講義でも隣に座って話を聞くような人が、何人かはできた。
楽しくスタートした人が、多分大部分なんだろうと思う。たいていの人にとって、大学への入学は長い間続いた、決められたことを決められたとおりに処理する能力の競争である受験勉強という長くつまらない勉強の終わりであり、形だけ勉強しておけばあとは課外活動に飲み会に恋愛にと自由に楽しめる4年間のスタートであるはずだ。僕はそれを間違っているとは思えない。学部レベルで、世の中に必要とされるような専門性が身につくわけではないんだ。大半の学部では、講義に真面目に出ることより大きな比重を占めるのが「どうやって上手く遊ぶか」だと思う。
東京にある有名私立大学には「なんで、それを活動にしようと思ったの?」と思ってしまうようなわけのわからない活動をしているサークルがたくさんあることで有名だよね。そういうのを総称して「ミステリーサークル」と言うんだけど。それでいい、それがいいと僕は思う。普通の人なら考えないようなぶっ飛んだ発想を全力でやって、そういうわけのわからないものを一緒に面白がることができる仲間を作って社会性を培っていく。大学でやるべき一番重要な勉強はそれだと思う。特に文系の学生は。
だけど、僕は自分をそういう普通の学生にカテゴライズしていなかった。と言うのも、進学希望を最初から持っていたから。僕がこの大学にいたら出会うであろう人たちの99%は4年で卒業して何らかの形で就職していくはずだ。だけど僕の狙いはそれじゃない。だから、僕は自分が研究したい方面の勉強に向かっているという実感がある学部生活にしたかった。そりゃサークル活動だって楽しみたいさ。へぇ、この人こんな特技があるんだ、と他人に印象づけることのできるようなものを何かやりたい。そういう意味では、邦楽部という選択だけは上手く行ったような気がする。これだけだけど。
それでも、僕はこの大学に入学できたことを諸手を挙げて喜んで入ってきた学生ではないし、将来的に就職先がちょっと「レベルの低い」ところになるんだな、とだけしか考えない学生ではない。既に校風にも違和感を覚えていたし、全面的にここの学生になることには、何か心理的抵抗があった。だから、会費を払って大学生協に入るのはなんかためらいがあって、すぐには手続きしなかった。
だけどこの大学、大学生協に入らないとなんにもできない。売店で文房具が買えないとか、本屋で本が買えないとかはわからなくもないけど、学食で食事もできないし、コピー室でコピーを取ることすらできない。同じような悩みを抱えている人も何人かいた。
大学生活を思い切りエンジョイしている人も、仲良くなった人の中にいなかったわけじゃない。風間くんという、割に遠隔地から来てひとり暮らししているやつだったが、実に大学新入生らしい浮かれようだった。
「サークルとか入った?」
「俺?ん、まだ入ってないけど、邦楽部にしようかなって」
「やるな。司法試験か?」
「そっちの法学じゃない。日本の音楽の邦楽」
「音楽系か。とりあえず軽音じゃないってことで、モテ目的ではないことは認めよう。お前ギターとか弾けても絶対モテないからな」
「お前はどうなんだよ」
「冒険部!」
「何それ?」
「サバイバル道具一式持っていろんなとこ行ってサバイバルすんじゃんよ。先輩たちの腰蓑姿の写真とか見せてもらったけどもう感動もんだよ」
「理解できねえ。お前モテたいって言ってなかった?」
「モテたいよ」
「冒険部でモテるのか?そもそも女子いるの?」
「いないけどさぁ。いざって言うとき頼りになったらモテるだろ」
「いざって言うときが来るまではモテないじゃん」
「有事に備えるんだよ。有事が来れば軒並みこっち向きじゃん。このあいだ、冒険部新人歓迎会で度胸試しイベントやって来たよ」
「ふ~ん。何やるの?」
「ナンパ」
「それ、冒険もサバイバルも関係ないだろ。成功したのか?」
「しないね~」
「意味ねえ……」
一応、こんな僕にも、大学生的なバカバカしい話をする相手はいたってことだ。
議論する講義なんかでは、テーマ別に少人数をさらに数人の班に分けて資料作りをしたりするんだが、それで同じ班になったやっぱり田舎から来てる伊賀くんってやつは全く逆でえらくテンション低かった。「正直、体大きいのに存在感ないよ。忘れられちゃうよ」と言った僕に対し彼はこう言った。
「忘れられたいよ……」
大学というものに居心地の悪さを感じているやつは、僕の感覚では思っていたほど少なくないように思えた。
だいたい僕って、大学入試で寝ちゃったぐらい午前中弱い人間だから、午前中にある授業ってもう既にキツいなと思ってた。ロケーションも悪いんだよな。いろいろ考えたが、どう頑張ってもあまり交通の便が良くならない。
正式に邦楽部に入部したころには、既に三味線弾くためだけに通学しているような状態になっていて、出席率的にこれ以上休むとアウトな講義も多くなっていた。だけどそれは朝が弱いというだけではないと思う。どうも、知的好奇心を強烈に掻き立ててくれる講義ってものがなかった。それは間違いないと思う。だって、僕はこのころ受けた講義で教わったことをほとんど覚えていない。
俗に「仮面浪人」と呼ばれることだけど、この大学に籍を置いたまま、第1第2志望校だったあそこ、あと1回だけ受けようかな。

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