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 裁判というのは大変な事態だったと思うが、一方でそれは母が事務員のあとの仕事として店を手伝いに行くということを正式に免ぜられたことでもあった。裁判のことが頭から消えたことはなかったと思うが、ごく普通の「共働きの主婦」になれたことは、かなり気分的には母にとって嬉しいことであるように、僕には見えた。店を手伝いに行っていたころは毎日の疲労は相当なものだったと思うし、その疲労を察することができない父に対する苛立ちも共感するかしないかという問題はさておいて理解できなくもない。
 だから、このころ母は裁判問題を抱え込む前より、むしろ全体的に機嫌は良かった。会社の事務員同士でしている雑談なんか、他愛もないことを話題にして自分で喜んでいた。テレビの話になって、他の事務員からこう言われたんだそうだ。
「息子ちゃん、東・大♪」
 その根拠というのが、東大生を対象に番組が取った統計で、東大生に一番多いパターンというのが割り出されたということだった。
その1・お父さんが4年制大学卒
その2・お母さんが30歳の時の子供
その3・塾には行ったことがない
「だから息子ちゃん東大やけど、東京は物価高いからこっちにしときや」
 そんな会話をしてきたんだそうだ。
 勝手だと思わないか?自分が無理矢理塾に行かせた過去はきれいさっぱりなかったことになってるんだ。意図的に「うちは塾には行かせなかったんだ」と言ってるんだったら完全な嘘つき、そうでないんならば記憶を中心とした脳の機能が何か損傷されているとしか言いようがないだろう。
 確かに僕は、受験まで塾を勤め上げて塾の先生にありがとうございましたとお礼して、仰げば尊しを歌って塾を去った人間ではないさ。自分の意思で「こんな塾にいても得るものはない」と判断して勝手に行かないことにしたんだ。全て僕の判断が正しかったってことじゃないか。あの時どんな汚い言葉で僕を罵倒した?それで、塾に行くのは正しくないという事実が明らかになったら、その判断をしたという功績すら僕から盗むのか?
 こんなことを母に言ってもしょうがない。僕の成功は教育した私の成功、僕の失敗は正しい教えに従わなかった僕の失敗、母は本気でそう考えている。そしてその考えに合わない、都合の悪い事実は母の中で消されたりねじ曲げられたりしているわけだ。
 いきなり何を言い出すんだと思うかもしれないが、ビタミンBに関する体質的問題を母は抱えていると思う。その母に似ている僕もだ。これだけのビタミンB群が必要です、というのは、人によってかなりばらつきがあり、大量に必要とする人はそうでない人と同じ栄養素を摂取していても、慢性的な不足状態に陥るんではないかという気がする。そういう人は、サプリメントなどを使い意図的にビタミンB群を多く摂らないと不足から来る色々な症状に悩まされることになる。
 ビタミンB群の不足により発症する有名な病気がある。ウェルニッケ・コルサコフ症候群というやつだ。重篤な場合もあるが、ちょっとした食生活の乱れや薬の副作用により腸内細菌の動きが鈍くなるなど、軽い原因で軽い症状を発症することもままある病気だ。この病気の主な症状は記憶障害。認知症と似通っている面もあるが、認知症では絶対に出ない症状が、このウェルニッケ・コルサコフ症候群にはある。作話と言われる症状だ。認知症の人に「昨日は何をしていましたか?」と訊いたら多分「わからない」という言葉が返ってくるだろう。が、ウェルニッケ・コルサコフの患者に同じことを訊いたら、覚えていなくても「わからない」とは絶対に言わない。実際とは全く違うことを、あたかも実際に経験したかのようにありありと話すのだ。そしてその作話には自分の夢や理想が投影されるため、自分や家族についての誇大広告を伴う。僕は真剣に思うが、母はこの病気ではないだろうか?実際、そうとでも考えなければ都合の悪い記憶は消し去って「こうだったらいいな」で過去の記憶を埋め尽くす母の幸せ回路は説明がつかない気がする。
 まぁ、母の事を語るのはこのくらいにしておこう。とりあえず、晩ご飯を作る人ができたことにより、酒の肴には不自由しなくなった父も満足げではあった。引っ越す前からそうだったが、父は自分の仕事のこともほとんど語りたがらない。それは今でも変わってなくて、父が僕に対して今の仕事について語ったのは「パイプを使って、完全な直角ではなく角を45度の角度で切り取ったようなエルボーを作りたい。このとき、材料になるパイプを切る角度を何度にしたら全部同じ角度で切ることになるだろうか」という質問をしたときだけだ。4年生大学卒ねえ……値打ちの乏しい4大卒だな。
 実は、父は1回大学に入り、そこを中退して別の大学に入り直している。卒業したのは法学部だが、中退したのは理工学部だ。母はそのことを「りこう学部に入ったけど遊び呆けたから別の大学に入るときにはあほう学部になった」と揶揄した。本当に人を馬鹿にする言葉は器用に見つける人だな。でも実際父には返す言葉もないよな。大学で何を勉強したわけでもなく、親には学費を倍額で申告して受け取って、半分を遊びで使ったのが今でも武勇伝なんだから。
 そしていまも、パイプを接合してエルボーを作るなんて、とても名門大学の卒業生様がする仕事とは思えないようなことをやっている。学歴はなくても、子供のころから親が経営する町工場を手伝っていてパイプでエルボーを作ることぐらい目を瞑っていてもできる人だって少なくないだろう。こんなの、4大卒と言っていいものか?
 親が4大卒だと子供が高学歴になりがちだ、というのは、親が高学歴→親の職業がステータスの高い仕事→親の給料が高い→子供の教育に金をかけられる、というのが理由だと思う。こんな貧乏生活を送っていて、しかも子供が学校や塾でどういう立場に置かれているのか全く関心のない親である時点で、東大生の条件3つから外れているだろうと僕は思う。ただひとつ当てはまることがあるとすれば母が30歳の時の子供ということだけだ。だけど事情はどうあれこの父を選んだ時点でもう無理ゲーだからね?
 まぁそんな感じで、いればいるでまた僕にとってムカつきの種になる両親ではある。でも、表面だけでも和やかな家庭に育つ子供を演じなければいけないのは、子供というものが持つ宿命的な悲哀だろうか。でも、僕はちゃんと知っている。僕のいないところでは、相変わらず喧嘩ばっかりしていたことを。おそらく裁判の問題だと思うが、本当のところは知らないし知りたいとも思わない。
 子供の時から、ちゃんと話し合わないといけない事柄があるときにも父の目はテレビに向いていて、下らないギャグに半笑いを浮かべながら「いるだけ」でいることに母は腹を立てていた。だから、裁判に当たっての作戦を話し合うのも一苦労だったろうと思う。ただ、そういうことで腹を立てる母も、逃避先が違うだけで自分の気に入らない深刻な話をしたがらないのは同じだと思うのだが。
 そして何より、こういう勝ち目の薄い裁判を完全成功報酬で請け負ってくれる弁護士なんていないだろう。着手金・調査実費みたいな名目でいくらか払っていたはずだ。だから、祖母の入院費負担がなくなっても家には相変わらずお金はなかった。牛丼だと言って母が出すのは「手違いで牛肉が少し入ってしまったちくわ丼」だった。
 あのころみたいにネリーが大食らいだったら、僕は今ごろ大変なことになっていただろうと思う。なんとかしてネリーに食わさなきゃ、という悩みはないが、だとしたらネリーが何をエネルギー源に動き、何を栄養として成長しているのか気になると言えば言える。だけど、僕はこのころから、ネリーは人知を超えた何かで僕の常識でネリーの活動や成長を説明してはいけないんじゃないかという気も持ち始めていたんじゃないかと思う。あとから考えれば。