私は80%あなたを信じています。

そう言われると20%は信用していないということになると思います。

20%信じてないということでも80%信用しているんならほぼほぼ信用しているんだと思ってしまいます。

でもその20%の裏切りもあるとも感じます。

20%のたくらみって考えると恐ろしくなります。

例え20%であっても完璧に信用はしてないですね。

私は物事に対して%で判断するのは好ましくないと思ってます。

しかもそれが100%であってもです。

実は100%の上には200%も300%も上げれば上げるほどきりがないといくらでも%はつけられます。

日本の新幹線は100%安全だということを耳にすることもありますが、それは完璧に安全とは言えません。

過去に新幹線の台車に亀裂が入りもう少し走っていたら新幹線は脱線してしまうようなことが起きました。

その車両は台車に亀裂が入ってることに気づいて危機を免れました。

もし誰も台車の亀裂に気づかずに走っていたら恐ろしくてなりません。

新幹線の安全説は無くなります。

私自身物事を%で決めるよりも絶対という意味を持たせたほうがいいと思ってます。

%は確率であって確率は裏切ることもあります。

天気予報で降水確率は0%と言いながら大雨が降ったことも良くあります。

病気などで治療してるときに80%は命を食い止めることができると言ってもその20%は食い止められないと言っているみたいなものですから、完璧ではありません。

完璧な事を言う方法は%でなくて絶対にという表現を使ったほうがいいかもしれません。

絶対に安全。

絶対に良いことがある。

絶対に間違いない。

絶対に幸せになれる。

といった具合に絶対という言葉に対して安心感を感じる気がします。

私は世の中1か0かでできている気がします。

何故1か0かというとコンピュータは本当は1か0かの判断しかできません。

1か0かと言っても意味のわからない人がいると思いますが正確に計算するのは1か0かなんです。

コンピュータを日本語で電子計算機と呼びます。

その電子計算機はそろばんや電卓を進化させて作られたものです。

電子計算機は1と0しか処理できません。

その1と0の組み合わせが限りなく計算を続けることによって今のコンピュータができているわけです。

そんな1と0で何ができると疑問に思うかもしれないけど1と0で絶対の信頼性ができます。

1と0で二者択一または◯か✕にすることによってはっきり決めることができるのです。

だからこそコンピュータは信頼できると言っても過言ではないでしょう。

だからこそ今の時代は何をするにもコンピュータが必要になるわけです。

人間の脳はコンピュータほど賢くありません。

でもコンピュータよりも人間のほうが頭が良いです。

コンピュータは単純なことを永遠に計算できるけど、人間は永遠に計算することはほぼ不可能です。

人間のほうが色々なアイデアが浮かびます。

パソコンを作ったのは人間。

AIを作ったのも人間。

人間が考えたものがコンピュータによって実現できている。

人間も1か0かで判断することもできます。

それは絶対か絶対ではないかで。

または好きか嫌いか。

または美しいか美しくないかで。

そんなふうに何かを表現するときは二者択一のほうがはっきりしていて信頼性がある気がします。