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僕が住むこの地方小都市においては、こういうポリティカル・イシューは滅多にないお祭り騒ぎのタネなんだろう。
たまーに朝早く起きて朝から大学に行くときには、必ずのように駅前で赤い鉢巻き、赤い旗、赤い法被の赤尽くしの人たちが「自然環境を守れー!」とか言いながらビラ配ってるのに出くわした。
朝早く行っても、眠くなるような講義ばかりだった。自然に講義からは、どれを取っても足が遠のく。結局三味線担当として入部した邦楽部だけが楽しかった。
ちなみに、この年の新入生は僕を入れて5名。僕と、三味線に男ひとり女ひとり。尺八に男ひとり女ひとり。新入部員が男の方が多かったこと、男が3名も入ったこと、琴希望者がひとりもいなかったこと、国際関係学部からの初の入部、異例尽くめの新入生だったそうだ。
1年生三味線担当は、男の方が細棹経験があるという一応経験者。ただ、この部では基本的に扱うのは中棹になる。女の方は、なんかごく普通の子って感じであまり特徴がなかった。尺八担当の1年生は対極的なふたりだった。男の方は、ちょっと長めに伸ばした髪をたなびかせて、バンドマンが着るような革製の服を着て、寡黙でいつも渋く決めているのが印象的だった。高校までは実際にバンドをやっていたそうで、音楽関係の道具で電気で動くものに関して扱いにかなり長けていて、ちょっとした故障ぐらいだったら直せると言って片っ端から直していたので早くも重宝がられていた。
女の方は内部進学で上がってきた娘。内部進学はアホだったって先に言っちゃってるんで言いにくいんだが、この娘に関してはそれがいい方向に出ていると思う。箱入りお嬢様って感じで、服もロリフリ系のものをよく着ていた
3年生の琴担当に、背がちっちゃくて元気が良くて冗談好きな、マスコットみたいな先輩がいた。琴担当の新入生がいなかったのが寂しいのか、よく僕ら新入生をいじりに来てた。こりゃあ、元気だけが取り柄です、みたいなタイプだ、僕はそう思ったのだが、なんのなんのこの人の家は代々琴をやってる筋金入りで、年度が始まってすぐに開かれた大学全体の新入生歓迎イベントみたいなところで古典芸能系のサークル共同のステージが設けられそれぞれに披露したんだが、この先輩は和服を着てソロで琴を披露して、普段からは想像もできない凜とした佇まいを見て僕はこういうON/OFFの切り替えがハッキリしてる人ってかっこいいよな、と思った。
そうなんだよ。このころの僕にとって、講義には興味持てなかったし、楽しかったのは部活動だけなんだ。だから、このころの記憶のほとんどは部活動だ。楽しかった記憶が残っているのは、嫌な記憶しか残ってない中学2、3年生の時代を思うとはるかにマシなのだろうけど、楽しいだけであって自分が成長している実感は、期待にはるかに及ばず乏しかったと言っていい。
そんな、ある意味我を忘れるぐらい楽しかった邦楽部の活動から帰ってきて、地元の駅に着いたらまだ赤鉢巻きに赤幟に赤法被の人たちが「反対しまーす!」なんてやってるのを見たら一気に現実に引き戻された感覚も忘れがたい。あの人たち、もしかして一日中やってるのか?
言ってみればこの駅前の赤い人たちの絶叫にも近い「署名お願いします」は、ネリーの森を襲いつつあった、ネリーの森にあるまじき喧噪の「飛び地」だったかも知れない。

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