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 僕の入る国際関係学部というのは、やっぱり新興の学際学部ということになる。この大学では、それ系ではまず産業社会学部というのが作られた。だけどと言うべきか、だからこそと言うべきか迷うけど、この大学では「キャンパスが狭い」という問題が起こり始めていた。だから、ちょうど僕が入った年からだが、理工学部が辺鄙なところに左遷された。例によって辺鄙な代わりに広大なんだけど、いいのかね?理工学部ってこの大学唯一の理系学部で、いわば看板のひとつだと思うよ?理系だからこそ広い施設が必要ってのもわかるけど。産業社会学部が理工学部の跡地をほとんど引き受けた。だから、国際関係学部のための場所はない。というわけで離れみたいに寂しい場所にポツンと別棟を建てて、そこが国際関係学部だ。
 高校の卒業式も全くと言っていいほど記憶にないけど、この大学の全体での入学式もさっぱり記憶に残ってない。
 全体の入学式が終わったら、先輩に引率されて移動。学部別の説明に入る。大学生活に関するいくつかの指導を大学の職員から受けた後は、先輩によるオリエンテーションだった。授業の話が皆無だったわけではないが、多くは課外活動に関する話だった。とにかく大学では課外活動を楽しまなければもったいないよ!と言っている複数の先輩に話を聞いた後、いくつかの部活動の先輩が課外活動について勧誘も混ざった説明をした。
 大学の課外活動で、やりたくないものって言ったらまず何を思い浮かべる?あなたが思い浮かべたものは「応援団」じゃないかと僕はかなりの確信を持って言える。目的は同じなんだから当たり前と言えば当たり前なんだが応援団と関係が深いチアリーディング部の人が、自分の経験を熱く語った。自分も入学した時にはやりたくない活動の筆頭だったそうだ。だけどなんだかんだで(なんだかんだの部分は忘れた)チアリーディングをやり始めていまはそれがとにかく楽しいということを熱弁した。
 次は落研の人の番だ。落研が自分たちの活動を語るなら、まず落語をやって見せるべきだろう。実際にそのとおりの成り行きで、三味線ひと竿だけの寂しいものだが自分たちでちゃんと出囃子もつけていた。出し物は「酒の粕」だったような気がする。その後は説明として自分たちの活動について語った。僕は落研か邦楽部がいいと思っていた。日本の大衆芸能みたいなものに何か触れていたいと思っていたから。だけど、落研では思いの他落語そのものをやる機会は少なそうだし、このオリエンテーションで僕は落研を候補から外した。僕は人を笑わせたいんじゃなくて文化を学びたいんだから、やっぱり落研はナシだな。落研としても困るだろうと思う。こんな頭でっかちな新人が入ってきたら。
 だから僕は、ある日講義が全部終わった後、サークルの部室が集まっている建物に行って邦楽部のドアを叩いてみた。活動内容的に決して希望者が多いサークルではないそうで特に男の新入生が来るのは極めて珍しいそうだ。その時点で、就職活動のため籍があるだけで活動には参加していない4年生にふたり、活動の中心である3年生にふたり、2年生にふたり、男の部員はそれだけ。僕はその年初めての男の新入生で、しかも国際関係学部だと言うとなお驚かれた。これまでに国関の学生は部員にいないのだそうだ。
 楽器には琴、尺八、三味線があった。他に、年1回ある発表会では琵琶や胡弓も扱うがそれは発表会だけのものであり、主に三味線部隊から人員を出してやるそうだ。やっぱり部員は女が多い関係上琴担当が圧倒的に多いらしい。
「やから、できれば琴やりたいとは言わんといて欲しいな」
 そのとき説明を受けた副部長の男性からそう言われた。まぁ、最初からそう言うつもりはなかった。僕としては尺八がやりたくて部室まで行ったんだ。やっぱり普段は尺八ではあるけど、特別の会では篠笛や能管も扱うらしい。僕が尺八をやりたかった理由は簡単で「虚無僧」のイメージがありかっこいいと思っていたからだ。
 だけど、そのとき説明してくれた副部長先輩が、自分の担当楽器である三味線がいかに面白いかを熱弁した。なるほど、少し関心も出てきた。楽器としても面白そうだったけど、その副部長先輩がなんとなくとぼけた味を持っており、本人としては笑わせているつもりはないらしいのだが何度となく笑ってしまった。
 学年で言うと2年違うが、生まれ年は同じだということもわかってお互いに驚いた。先輩は早生まれで浪人せずに進学しているから、6月生まれで1浪している僕とは2年差がつくわけだ。
「同い年やったら、三味線にもうひとり男の部員いるよ。三味線やろうな。なぁ」
 そう言われたが、僕は即決を避けた。せっかくの大学生活だからな。じっくり考えて楽しいかどうか決めたい。
 後になって思い返してみたが、どう考えても僕にはこの日受けたはずの講義の記憶がない。科目によっては1年、科目によっては前期、全体の講義内容を俯瞰する内容だったはずで、学問も力を入れて頑張る予定だった僕が面白そうだと思ったなら、何らかの記憶が残っていてもおかしくないと思うんだ。だけど本当に何も残ってない。後から考えたら、この件が僕のこの大学での思い出を全部予言していたんだろう。そうとしか思えない。