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僕の住む市が、様変わりを始めていた。
JRと、そこから近い方の私鉄が、それぞれの駅前にバスロータリーを作ることを市とともに正式発表した。JRはそれに先立ち、平日昼間の時間帯に限り快速列車を走らせ始めた。先行の各駅停車を追い越すということがなく、ダイヤ上かなり無理して設定した快速だったのでちょっと予定が狂うと客の扱いはしないが行き違い駅で停車することもしばしばあったけど。
駅の増設も行われた。始発駅であるターミナルを出てから僕の住む街の最寄り駅まで、最初は6駅分だった。そのうち、行き違いができない、単線の線路にホームを設けただけの駅(こういうのを「棒線駅」と言うらしい)の駅がふたつ。路線自体が単線だから、増発をするには行き違いできる駅を増やすことが必要だ。棒線駅の改良や新駅設定で行き違いができる駅はどんどん増やされていった。
私鉄の方はといえば、これは支線と言えども全線複線だったので駅の増設などはなかった。ただ、本線へ乗り入れて県庁所在地に行く直行便の急行が廃止された。なんだか矛盾する話に思えるが、本線の運用にとって直行便が負担になってたんだそうだ。だからいわば交換条件で、支線は支線内を往復する便だけにされる代わりに接続駅は特急停車駅に格上げされた。
県庁所在地の南隣で、古くから県内第2の都市だったこの市は、自動的に県庁所在地のベッドタウンみたいなものでいわばその地位は不動だった。だが、さらに南にある塾とかがある市がベッドタウンとして伸してきたし、その他にも東西南北いずれの方向にもベッドタウンとなり得るところは開かれ始めていた。役所の人たちもそろそろ事務用椅子を暖めることととお茶を飲むこと以外の仕事をしないと本当に街が廃れてしまうと危機感を持ったのだろう。
実際このころ、ターミナル駅から北へ行く、つまり僕が学校へ行くために使っている路線が電化及び部分複線化された。県庁所在地から南隣の県の県庁所在地に行くにはJRと塾の連中が乗っていた私鉄があるが、北に行く路線はJRしかない。しかも長い本線の一部という関係から特急も走っており、そっち方面から来ている友達は帰り道での16分に及ぶ特急追い越し待ちの話をしてくれたことがある。だから改良するための優先度が高かったからと言うか国や県に「なんとかしないと」と思わせることが容易だったと言うか、そんな感じで先になったんだろう。山の間をクネクネ曲がって走っていたこの路線だが、その山をぶち抜いて複線のトンネルにした。
そんなわけで北の方がえらく便利になったもんだから、元々は不便な田舎だったその方面が「いま狙い目のベッドタウン」としてバンバン売れていたようだ。兼業農家で土地持ちだった山本くんの家なんか、所有していた土地が面白いように高値で売れたんではないかと思う。想像でしかないけれど。だから僕の市の偉い人たちも危機感を持ったんじゃないかと思うんだな。
僕の住む最寄り駅でもその後まもなく快速列車の本格運用が始まったりして様変わりはいろいろあったんだが、よりハッキリと変わっていたのは道路だったと思う。快速が本格的に運用されるようになるのと相前後してJR駅前のバスロータリーが整備された。私鉄駅の方は、県庁所在地からやってきてJRの線路の下をくぐったらすぐ駅だったからどうやって場所を用意するんだろうと思っていたが、ホームをJRの線路をくぐる直前に移設して、駅舎を半地下にすることよって元々駅があった部分をそっくり空けて、その部分にロータリーを作っていた。このふたつのロータリーができあがったことにより、市の西の方に行くバスはほとんどこのふたつのロータリーのいずれかを発着ということになった。
道路の拡幅も行われた。と言うかこれこそやらなきゃいけないことだったろう。バスが橋のたもとでクランク型に曲がらなければいけないことは話したと思うけど、なんでそうなっているかと言えば橋ができたころはバス通り自体がなく、橋はその横にある商店街を優先して作られているからだ。車で行くのならば新しく作られたバス通りの方が広いのだが、商店街は橋の方へ向かう一方通行だが車が通れてしかもたもとでクランク型になっている道を2回信号待ちをして行くよりも快適ということで橋の方へ行くには商店街の方が先に渋滞ができるという始末だった。橋自体もそうだが商店街も幅が狭いので人と車の接触事故が後を絶たなかった。
だから橋が大幅に拡幅されるとともにまっすぐに行き来できるのは幅が広くてバスが通っている道になるように若干方向が変えられた。橋のこっち側はいいが向こう側は幅の狭い道路が続いていてそのままでは便利が良くなったとは言いがたいので、沿道の土地所有者から土地を買って道路の幅を広くする工事は、実はこのころからいまもずっと続いている。土地を提供する見返りのお金を、私鉄駅は改良工事に使ったのかも知れない。
道路と言えば、忘れてはいけないのが僕がネリーを連れてあの外国大学のキャンパスを見に行っていたあの道路から見える景色だ。
大学が撤退してそのあと結婚式場を運営する会社が買い取ったところまで話をしたと思うけど、景気後退が始まるはるか前からこの結婚式場は「切り売り」を始めていた。かなり大規模に売りに出され、大きなショッピングモールとホームセンターが建てられた。
そして郵便局すぐ脇あたりからなんだが、南北の大動脈である道路と、県庁所在地を東西に通る道路のバイパスが交差するあたりまで新しく広い道路がズバッと造られた。そのほとんどは田んぼだったと思うのだが、郵便局近くは結婚式場の土地だった。真ん中で、と言うわけではないが結婚式場は分断された。でもなんとか広い式場を維持して客を呼ぼうと頑張る方向より、会社は市に土地を売ることを考えたらしい。正解だと思うよ。
こうして式場の土地はふたつに分かれたわけなんだが、白いチャペルでの結婚式を挙げてから披露宴へと至るその流れの中でいったん敷地外に出て公道の横断歩道を渡るというような式に需要がないことぐらいは予測がついたらしい。だから分断で生じた広い方は結婚式場として残し、狭い方には葬儀場を新たに造っていた。
できたばかりでまだそんなに車の往来が激しくないとき、僕は自転車でその道を行けるところまで行こうと思って試したことがある。もちろんネリーを連れて行った。最初はバッグに入れていたが、思いの外交通量が少ないので、バッグから出して前カゴに入れた。 まだ入り口、つまり僕の家に近い方には既にいくつかの店が出店していた。23時まで営業していることで有名なスーパーマーケット、庶民的な服を安く売っていることで有名なアパレル店など。さらに行くと大型トラックをたくさん使うような会社が拠点を構えていたり、気の早いラーメン屋が早速出店して既に閉店したりしていた。
まぁそんなこんなを見ながら自転車をこぎ続けることしばらく。周囲は田んぼだらけになってしまった。
「な~んか、えらく風通しのいいところに出ちゃったねえ、ネリー」
ネリーは前カゴに入ったまま顔だけ僕の方に向いて頷いた。
「まわり田んぼばかりでしかも道路より低くてガードレールがない。これは将来転落事故が多発するだろうなぁ」
ネリーに語りかけると言うよりは、独り言のようにつぶやいた。
「でもネリーには森ほどではないけど気分はいいんじゃないか?」
そう言うとネリーはまたこっちを向いて今度は2回頷いた。
「なんか、いい光景ではあるよね。開けてて一面田んぼ。でもこうやって道路ができたから、この田んぼはあっという間になくなってこの道路も窮屈な場所になってしまうんだろうね」
ネリーはこのときこっちを向くことはなかったが、少し肩を落としたように見えた。
その道路は、終わりの方は突然終わっていた。周囲に廃タイヤ置き場なんかが見えたなと思ったら、いきなり大きな道路同士の十字路、しかもそのうち一方の上空には有料道路の高架があるという、見るからに自転車に対して優しくなさそうな交差点が現れた。
「ここから家の方に帰るにはいくつか道はあるけど、どれを取ってもネリーには厳しそうだ。おとなしく、来た道を戻るか」
ネリーは「早くそうしてくれ」とでも言いたげにせわしなく2回頷いた。来たときと同じように、僕たちは田んぼについて話しながら(話しているのは僕だけなんだけど)郵便局脇まで帰ってきた。
出発するときには気にも留めなかったが、こっちから見るとあの途切れた道路が異様に威圧的だ。スキーのジャンプ台を下から見上げたらこんな感じ、と言うか、何か戦闘機的なものが離陸するためのカタパルトのようだと言うか、いずれにせよ何かあまり好ましくないタイプの非日常につながっているように思えた。

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