統合失調症の妄想癖 その6

のび助は最近仕事ばかりで息抜きをしたかったのもあり、同窓会の案内に出席の返送をした。

この頃の信長は庭に小さな小屋を作り、電気やガスの通っていない部屋で休んでいた。

仕事以外では専ら読書をしており、特に日本史に関連する書物を好んでいた。

仕事の時はほぼのび助とうたえもんと一緒で、最近では仕事も慣れて来ているようだ。

早朝の剣の鍛錬は怠らず、のび助も出来る範囲で信長と行っていた。

順風満帆に見えていたある日、のび助がパソコンの前で大きな違和感を感じた。

「え・・・残高0・・って・・・・」

会社関連の口座の金がなくなっていた。 おかしいと思い、他の口座も調べると・・・

「こっちも0!どれもなくなってる!」

会社用の口座から、全ての金が消えていた。

会社用の口座を扱えるのは、社長ののび助の他にはただ1人しかいなかった。

「まさか増田さん・・・まさか・・・」

信頼していた増田を疑いたくない一心で、増田の出社を待ったが増田は現れない。

堪らず電話をしたが、繋がるはずもない。

頭の中が真っ白になり、2年間掛けて必死で巻き返してきた努力が、ガラガラと崩れるのを感じた。

0からしずと作ったものが無くなり、再び0から頑張って、また崩れたのだ。

「もうダメだ・・・もう無理だ・・・」

警察に連絡し、辛い1日を送って帰宅、うたえもんが麻婆茄子と海老と野菜の炒め物を用意していた。 信長も事情は聞いており、3人の食卓は静かに進んだ。

静かな食卓で急に

「うっ・・・」 と声がした。

のび助が涙を流している。

うたえもんはどう声を掛けたらいいか戸惑っていたが

「泣くな。また頑張ってみよう」

と信長が言うので、のび助は更に涙を溢しながら

「もうダメなんだよ。従業員の給料さえ払えないんだよ。俺はダメなやつなんだよ。死んだ方がいいんだ」

と堰を切ったように泣いた。

「俺なんかには無理だったんだ。昔からパパやママ、しずやうたえもんに頼って生きてきた。 俺が何かしても失敗ばかり。俺は所詮それまでの人間にしかなれない」

泣き続けながらそう言うのび助に、信長は声を張って言った。

「そうか。其方の夢とはその様なくだらぬ事で崩れてしまう程、つまらぬ夢であったか。  そんなつまらぬ夢なら、捨ててしまえば良い。くだらぬ事で潰れる夢なら、 その程度の夢でしかないであろう。勝手にせい」

信長が夕飯を食べ進めた途端、のび助はわんわんと声を上げて泣いた。 うたえもんは下を向いてしまっている。

一頻り泣いて、急にのび助が黙った。

泣き腫らした顔を信長に向け

「俺の夢はつまらなくない!こんなくだらない事で潰されるなんて嫌だよ!」

と大きな声を出した。

「そうであろう」

と信長は海老を口に放り込んだ。

「明日同窓会だ。何か悔しいから行ってやりたいけど、お金が無いや」

とぼやくのび助に、信長は 「待っていろ」 とリビングを出て行った。 どうやら自分の小屋へ行ったらしい。

信長は風呂敷を持って戻って来た。

のび助の前に置き 「これを使って行ってこい」 と言うので開けてみると、札束が数個あった。

信長はここ2年の給料を殆ど使わずに、何かの為に置いてあったのだ。

うたえもんも

「同窓会に行ってきな」

と後押しした。

のび助は信長に頭を下げ

「ありがとう。けど同窓会にこんなに必要ないよ。残りは信長さんが預かっておいてね」

と札を数枚取って、信長に返した。

「残りは店に使え」

と言う信長に、のび助は首を横に降った。

「同窓会から帰ったら、直ぐに銀行回りして金策する。どうしてもダメだったらお願いするから」

 

統合失調症の妄想癖 その7

昼過ぎに横浜を出て、のび助は地元へと向かった。

会社が大変な時に同窓会なんて、馬鹿げているかもしれない。

しかし今ののび助には、何となく必要に感じた。

ー俺、少しずつ強くなってる気がするー

電車に揺られながら、のび助はそう思っていた。

ーもっと強くなりたいー

現代に単身来てしまった信長を思った。

ー強くなりたいー

夜、同窓会が開催された。

懐かしい面々を見て、のび助はしずを思い出していた。

スネ吉がのび助に話しかけた。

スネ吉は父親の会社を手伝っており、ブランド物の洋服で固めていた。

「どうだい花屋は」

のび助は正直に

「今火の車で大変だよ」

と答えると、スネ吉は急に声を大きくして

「やっぱりな。しずちゃんが亡くなったら、お前はそんなもんだろ」

と右口角を上げた。

静かに飲んでいるのび助の隣に、出来須木が座った。

出来須木は昔から優等生で、現在は弁護士をしていた。

集まってくる独身女性達を押し退けて、のび助の隣に来たのだ。

「出来須木君は以前検察官になりたいって言ってたのに、何故弁護士になったの?」

のび助の問いに

「僕はね、法律を勉強しながら思ったんだ。正しい事を主張したら、有利に決まってる。  けど犯罪人側に付いて、一個の人権を守る事をするのも大切かもしれないって」

と俯く出来須木に、のび助は頷いた後

「群れから逸れた子羊をこそ、救うべき羊だと言う。出来須木君らしいね」

と聖書の一節を出した。

無論出来須木もその一節を知っている。

翌早朝、信長の隣で竹刀を振り、汗を流すのび助の姿があった。

「しっかり腰も入っている。悪ぅないぞ」

信長に褒められて、のび助にますます気合いが入った。